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東京地方裁判所 昭和63年(行ウ)113号 判決 1990年7月27日

原告 江野澤知子

被告 東京税関東京外郵出張所長

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が昭和六二年一〇月五日付けで原告に対してした原告宛の外国郵便物(郵便物の番号・〇五三六、郵便物の種類・航空小包)在中のナイフのうち八本が銃砲刀剣類所持等取締法によって所持を禁止された刀剣類に該当する旨の通知(東関郵入第三一三二三六〇号)を取り消す。

第二事案の概要

一  本件に関連する法制の内容及び当事者間に争いのない事実

1  輸入される郵便物中にある物については、関税法上の輸入許可のために必要な検査が行われることとなっており、その物が法令の規定により輸入に関して許可等を必要とするものである場合は、当該許可等を受けている旨を税関に証明しなければその輸入が許可されず、当該物は名宛人に交付されないことになっている(関税法七六条一項及び四項、七〇条一項及び三項)。

2  被告は、フィンランド共和国から到着した原告宛の外国郵便物(郵便物の番号・〇五三六、郵便物の種類・航空小包)在中のナイフ九本のうち八本(以下、この八本のナイフを「本件ナイフ」という。)が銃砲刀剣類所持等取締法(昭和三七年法律第七二号による改正後のもの。以下「銃刀法」という。)によって原則としてその所持が禁止されている同法二条二項に規定する刀剣類(「あいくち」)に該当するものと判断し、昭和六二年一〇月五日付けで原告に対してその旨の通知(以下「本件通知」という。)をした。

3  そのため、原告は、銃刀法上の所持の許可を受けている旨を証明しない限り、本件ナイフの交付を受けることができないところ、右銃刀法上の所持の許可を受けていないため、本件ナイフの交付を受けることができないでいる。原告が本件ナイフの交付を受けるためには、本件通知が違法であることを理由に、その取消しを求める必要がある。

二  争点

本件の争点は、本件ナイフが銃刀法二条二項に規定する刀剣類(「あいくち」)に該当するとした被告の判断が適法といえるかどうかである。

第三争点に対する判断

一  銃刀法二条二項は、「この法律において「刀剣類」とは、刃渡一五センチメートル以上の刀、剣、やり及びなぎなた並びにあいくち及び四五度以上に自動的に開刃する装置を有する飛出しナイフ(中略)をいう。」と規定しているところ、原告は、右の「刃渡一五センチメートル以上の」という文言は、「あいくち」にもかかるものと解すべきであるから、その刃渡りがいずれも一五センチメートルに満たない本件ナイフは銃刀法の規定によって所持の禁止される刀剣類に当たらないと主張する。

しかしながら、法律用語として、「並びに」の語は大きな意味の併合的連結に、「及び」の語は小さな意味の併合的連結に、それぞれ使用されるのが例となっていることは明らかであるから、右の銃刀法の規定の「刃渡一五センチメートル以上の」という文言は、「刀、剣、やり及びなぎなた」のみにかかるものであって、「あいくち」にはかからないものと解するのが法文の文理に即した解釈と考えられる。そのうえ、乙第九号証、第一二号証及び第一三号証によれば、銃刀法の前身に当たる銃砲刀劍類等所持取締令は、当初刃渡り一五センチメートル以上の「ひ首」(「あいくち」の同義語である。)のみをその規制の対象としていたが、刃渡り一五センチメートル未満の「ひ首」を使用した犯罪が多発したため、昭和三〇年法律第五一号による改正において、刃渡り一五センチメートル未満の「ひ首」をも新たにその規制の対象に含ませる趣旨で、「ひ首」の名称を「あいくち」に変更するとともに、刃渡りによる制限を廃止し、銃砲刀剣類所持等取締法(昭和三三年法律第六号)は右改正後の銃砲刀劍類等所持取締令の規定をそのまま引き継いだものであることが認められるのであって、右立法の経緯からしても、「刃渡一五センチメートル以上の」という文言は「あいくち」にはかからないことが明白なものというべきである。

なお、原告は、刃渡り一五センチメートル未満のあいくちをもその対象とする規制は、不合理な規制であり、憲法二九条等の規定に違反するとも主張するが、右に認定したような法改正の経緯からすれば、右のような規制にも合理性が認められるものというべきであり、原告の右主張は採用できない。

二  次に、原告は、本来人を殺傷するための武器又は凶器として携帯されるような刃物でなければ「あいくち」とはいえないという前提に立ち、本件ナイフは、もともとフィンランド共和国において調理用ナイフとして製造、販売、使用されているものであるから、「あいくち」には当たらないと主張しており、確かに、証人アンシ・パーウォラの証言及び原告本人尋問の結果によれば、本件ナイフは、いずれもフィンランド共和国では一般の家庭での調理用等のナイフとして製造、販売されているものであることが認められる。

しかしながら、本件では、本件ナイフが我が国の銃刀法にいう「あいくち」に当たるか否かが問題となっているのであるから、本件ナイフがその製造、販売国のフィンランド共和国でもともとどのような目的で製造、販売されているかということではなく、我が国においては本件ナイフがどのような種類の刃物として認識されるかという観点に立って、それが「あいくち」に当たるか否かを判断すべきことはいうまでもないところである。このような観点からすると、我が国において、一般に「あいくち」とは、鍔のない柄を装着して用いる短刀で、柄口と鞘口が合うようないわゆる合口(あいくち)拵えの短刀をいうものと観念されており、その形態上隠密に携帯し易く、凶器としての危険性が大きいことなどからして、特にその刃渡りによる制限はないものと解されていることは明らかなものというべきである。もっとも、銃刀法によってその所持が原則として禁止されるものであることからすると、それが人を殺傷するだけの機能を有するようなものであることを要するものと解すべきであるが、だからといって、本来人を殺傷するための武器又は凶器として携帯されるべき刃物として製造、販売されたものでなければ、この「あいくち」に当たらないとすることは、銃刀法の立法目的に合致しないものと考えられる。要するに、形態上右のような種類の短刀に該当するものであって、しかも客観的に見て人を殺傷する機能を具備しているものであれば、それは銃刀法にいう「あいくち」に該当するものと解すべきである。したがって、原告の右の主張も採用できない。

三  以上の検討を踏まえて、本件ナイフが銃刀法二条二項にいう「あいくち」に該当するかどうかを検討する。

1  まず、前記のとおり、銃刀法二条二項が規定する「あいくち」は、人を殺傷するだけの機能を有するものでなければならないが、このような機能を有するかどうかは、一般には、当該刃物の刃体の形状(刃渡り、刃幅及び刃厚等)及びその素材によって決定されるものと考えられる。この点について、乙第九号証及び第一三号証によれば、警察庁では、原則として、<1>刃渡りが八センチメートルを超えること、<2>刃幅が一・五センチメートルを超えること及び<3>刃の厚みが二・五ミリメートルを超えることの三要件のうち、二つ以上の要件を満たす刃体の形状を備えた鋼質性素材のものを「あいくち」とするとの認定基準を指示しており、人を殺傷するだけの機能という観点から見て、右の認定基準は、合理的なものと認めることができる。

2  また、乙第八号証及び第九号証によれば、本件ナイフは、その刃体の形状(刃渡り、刃幅及び刃の厚み等)が別紙記載のとおりであり、いずれも、鍔のない柄を装着して用いる合口拵えの短刀であるうえ、鋼質性の素材をもって製造された刃物であることが認められる。

3  そうすると、本件ナイフは、その刃体の形状がいずれも前記警察庁の「あいくち」の認定基準を充たす合口拵えの短刀であり、しかも、その素材の材質等からして、人を殺傷するだけの機能を有しているものと認められる。したがって、本件ナイフは、いずれも、銃刀法二条二項が規定する「あいくち」に該当するものというべきである。

四  よって、本件ナイフが銃刀法二条二項にいう「あいくち」に該当するとした被告の本件通知は適法なものというべきであり、本件通知が違法であるとしてその取消しを求める原告の請求は、理由がないこととなる。

(裁判官 涌井紀夫 市村陽典 小林昭彦)

(別紙)

(1) 2本

刃渡り  10.9cm

刃厚   2.3mm

刃幅   2.28cm(最大)

刃幅(柄)2.13cm

図<省略>

(2) 1本

刃渡り  10.5cm

刃厚   4.Omm

刃幅(柄)1.87cm(最大)

図<省略>

(3) 1本

刃渡り  10.85cm

刃厚   2.8mm

刃幅(柄)1.93cm(最大)

図<省略>

(4) 1本

刃渡り  12.8cm

刃厚   3.1mm

刃幅(柄)2.7cm

2.9cm(最大)

図<省略>

(5) 2本

刃渡り  8.05cm

刃厚   2.15mm

刃幅(柄)1.64cm(最大)

図<省略>

(6) 1本

刃渡り  9.65cm

刃厚   3.Omm

刃幅(柄)1.56cm(最大)

図<省略>

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